7歳4歳2歳の3人育児に奮闘中の「gu-gu-life(グーグーライフ)」がっちゃんです。
先日投稿した小学1年生の長女の三者懇談での続きです。
前回は、長女の学校生活での様子を伺い、通知表との向き合い方を考えさせられました。
そして、今回は長女の「絵」について。そこから考える義務教育について…。
義務教育から見る私の役目
私から見る義務教育とは
現職教員の方が読まれたら、不快に思割れたらすみません。義務教育ディスのつもりではないです・・・!
①「満遍なく学ぶ」が義務教育のスタンス
以下は私の主観100%な印象ですが…
義務教育は、社会に出た時に児童の特性を見出したり、経験を増やすために満遍なく様々な経験を積む、と言うのが自分自身も経験をした中で感じたところであります。
だからこそ、図工1つをとっても、ありがたいことに、粘土や版画、木工や絵具など様々な経験をさせてもらいました。
しかし、1つ1つの教科や技術について専門的な部分が学べるか?と言われれば、そこは難しいなと思っています。
文科省がサイトに載せている教科の学習指導要領を拝見しても、そこまで1つ1つ掘り深める印象はありません。
また全ての教員が全教科に精通しているわけではない、と言うことも言わずもがな…でしょう。(自戒…涙)
私もね…恥ずかしながら一応持っているんですよ…教員免許…。でも、大学で各教科の専門性を学んだ経験はなく、悲しいかな、特別な専門知識や技術は持ち合わせておりません…。
②日本社会で生きるための大きな幹
専門性が学べなくとも、現状として、義務教育と言うものが子供たちにとって大きな幹であり、そこで得た学力や見出した特性、育んだ価値観が社会に出た時に求められたりもします。
あくまでも今の日本社会を生き抜く一番大きな幹、と言う印象です。
義務教育から見る私の役割
だからこそ!!
大いなる脱線こそが、親の役目なんだと感じました。
今回の長女の三者面談で、担任の先生に長女の絵について聞きました。
やはり、美術は専門外の先生だったようで、なんとなくこちらが想定していた通りの解答でした。
自分の中の答え合わせとしては安心したけれど、何か専門性を伸ばしてやりたいと思った時に、ここだけじゃダメなんだと実感しました。
今までは「子供の気持ちを損ねて好きなことが嫌いになってしまってはもったいない!」と思っていたので、技術をしっかり教える習い事よりも、その分野を楽しめる習い事であったほしいと思っていました。
しかし、均一にならされたような義務教育の中で、ほんの少しでも突出するものが長女にもあるのだとしたら、そこからは親の役目なのだろう、と思っています。
様々な経験を義務教育で。その中で突出するのもがあれば習い事で。
そんな感じですね。
脱線の多い人生は豊かだ
社会を生き抜く力としては脱線することがどれほど有益かはわかりません。
いや、もしかしたら時間の無駄かもしれません。
私の母も絵を習っていたそうですが、何にもならなかったと笑っています。
でも、人生は仕事や金儲けだけのためにあるわけではない。
むしろ、それ以外の時間をどう豊かに過ごすかで、その人の生き方が変わってくるのかな、って。
だから、ね、長女よ。
母と一緒に脱線しよう。
★合わせて読みたい習い事の記事
三者懇談会で感じたこと1つ目です。通知表について。
ピアノ教室を転校したときの話。